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発明の同一性の判断基準について

 ■統一理論への道

発明の同一性の判断基準について
―統一理論への道―
Concerning A Standard of Judgement on Identity of Invension
? A Road to An Unified Theorem -

特許事務所 富士山会 弁理士・行政書士 佐藤富徳(SATO Tomitoku)
抄録
発明の同一性は、特許要件と侵害要件において、特許法上の重要概念であるにも拘わらず、発明の無体性から、その判断基準を明確化することは容易ではない。
一方、我国の判決、審査基準等においても、発明の同一性の判断基準は、完全には統一的に説明されていない。
また、ボールスプライン最高裁判決により均等論適用基準が判示された以上、今後は、均等論が発明の同一性の判断基準に、どのように反映されていくかも問題となろう。
そこで、特許要件と侵害要件における発明の同一性を統一的に説明できる統一理論(1)を纏めることとする。
さらに、審査段階には均等論が適用されるという考え方と適用されないという考え方が有ることを示し、二つの考え方の問題点についても論及する。

目次
1.はじめに
2.発明の同一性とは?
2.1記号
2.2内包と外延
2.3同一と非同一
3.発明の同一性の現状の取り扱い
3.1特許法の適用規定
3.2発明認定基準
3.3同一性判断基準
4.発明認定における問題点
4.1共通事項
4.2特許要件
4.3侵害要件
5.同一性判断における問題点
5.1共通事項
5.2特許要件
5.3侵害要件
6.発明の同一性の統一理論
6.1発明認定基準 
6.2同一性判断基準
7.具体的な適用例
7.1先願が下位概念で後願が上位概念の場合(特許法39条)
7.2先願発明と後願発明が内在同一、一部重複の場合(特許法39条)
7.3数値限定発明が同一の場合
7.4下位概念発明から上位概念発明が認識できない場合
7.5不完全利用発明、迂回発明について
8.結論
9.おわりに

1.はじめに
法律の規定は、簡単でかつ分かりが良いことが望ましい(2)。新規性等の特許要件を具備した価値有る発明は、特許要件を具備した価値有る範囲内で保護する必要があろう。そこで、本論説では、特許要件と侵害要件における発明の同一性について統一的に纏めることとする。
一方、審査段階で均等論を適用するという考え方と適用しないという考え方が有ることを示し、前者の場合、過誤特許の後処理の問題が生じ、後者の場合、重複特許の問題が生じることにも論及する。
2.発明の同一性とは?
一般には、発明は、構成要件説に則り、構成要件の論理式で表現される。そして、発明の同一性について厳格議論をするために、論理学、数学集合論等の手法を導入することにする。
2.1記号
同一性判断の対象となる発明X、Yは、 発明の構成要件をA、B、C として、下式のように表現される。
X=A*B、Y=A*B*C ……(1)
   X=A*B、Y=A*C        ……(2)
X=X1+X2+……、Y=Y1+Y2+…… ……(3)
ここに、(1)式と(2)式は内包的表現で、(3)式は外延的表現(マーカッシュ形式等の択一形式表現(3))である。
2.2内包と外延
  一つの概念に包括される対象範囲を外延(DENOTATION)といい、内包とは、この範囲内の対象に共通する性質(CONNOTATION)をいう。内包が大きくなれば、外延は小さくなり、外延が大きくなれば、内包は小さくなるという関係にある(4)。
  発明Xの内包とは、発明の構成要件A、B、Cの内容・意味に該当する。一方、発明Xの外延とは、発明Xの同一発明の集合(発明Xの同一範囲)と非同一の下位概念発明の集合の和集合をいう。
発明Xの技術的範囲とは、特許権の効力範囲(直接侵害) をいい、発明Xの外延であると考えられよう。特許発明XがA*Bであり、イ号物件YがA*B*Cである場合、イ号物件は特許発明Xの外延であり、イ号物件は特許発明Xの技術的範囲に属することになる。しかし、イ号発明をA*Bと認定することにすれば、技術的範囲に属するという判断は、発明の同一性判断の問題として把握できる。上記のように、特許要件の同一性と侵害要件の同一性は統一的に把握することが可能であることが、論理学、数学集合論を通じて明確になる。
  刊行物に記載された引例発明の発明認定についても同様のことが言えよう。従って、本件発明に最も近い発明を引例発明又はイ号発明として認定すべきである。
2.3同一と非同一
発明Xと発明Yが、同一か非同一かを判断する場合、両発明を比較して相違する構成要件がない場合同一で、相違する構成要件が有る場合は非同一である。前述の式(1)又は式(2)で表現されている場合、構成要件Cが相違しているので、両発明は原則として非同一である。
上位概念発明Xと下位概念発明Yは、式(1)で表現され、構成要件Cが相違しているので、両発明は原則として非同一である。 そして、下位概念発明Yは、上位概念発明Xを利用する発明(利用発明)でもある。
  発明Xと選択発明Yが、X=A*B=A*(B1+B2)、Y=A*B*C=A*B1と表現される場合、一般には、発明Yは選択発明と称される。
  発明Xと選択発明Yの同一性は、原則として非同一であると考えられるが、過去の判決等との整合性の問題が有り、どのように取り扱うか非常に難しい。
3.発明の同一性の現状の取り扱い
  特許要件と侵害要件に関して、我国の判決(5)、審査基準(6)、学説(7)は多数存在するが、必ずしも完全には整合性を有してはいない。
3.1特許法の適用規定
(1)特許要件
発明の同一性に関する主な規定は、新規性(特許法29条1項)、拡大先願(特許法29条の2)、先願主義(特許法39条)である。さらに新規性喪失の例外規定(特許法30条)、優先権主張の客体的基準(特許法26条、パリ条約4条)等が有る。
(2)侵害要件
直接侵害の場合(本論説では、間接侵害は除外して論ずることにする。)、排他的効力範囲と独占的効力範囲は一致し、発明の同一性概念を用いることにより効力範囲を確定する。 ここに、直接侵害とは、権原のない第三者が特許発明を業として実施することをいう(特許法68条)。
3.2発明認定基準
  発明認定基準(特許要件、侵害要件)について、判決(5)、審査基準(6)、学説(7)等の内容を一部修正し、表1と表2に纏め直した。

表1 特許要件における発明認定基準
本願発明

内容
備考
新規性
・請求範囲基準の原則
請求項の記載が明確である場合には、請求項の記載どおりに認定する。


リパーゼ事件最高裁判決(平成3.3.8)で、特許請求の範囲重視の考え方が鮮明になった。

・詳細な説明参酌の原則
・技術常識(出願時技術水準)参酌の原則
請求項の記載が明確でなく理解が困難であるがそれが発明の詳細な説明並びに技術常識において明確にされている場合は、これらの用語、記載を解釈するにあたって発明の詳細な説明並びに技術常識を参酌する。

実際には、詳細な説明が参酌される場合が殆どであろう。
拡大先願
詳細な説明を参酌しても請求項に記載の発明が明確でない場合は、発明認定を行わない。
左記の場合、出願経過も参酌されるのではないだろうか?
先願主義
新規性と同じ。

進歩性
新規性と同じ。

引例発明

内容
備考
新規性
「刊行物に記載されている事項」及び
「記載されているに等しい事項」

引用発明が下位概念で表現されている場合は、発明を特定するための事項として、「同族的若しくは同類的事項、又は、ある共通する性質」を用いた発明を引用発明が既に示していることになるから、上位概念で表現された発明を認定できる。
本願発明の認定の場合には、「記載されているに等しい事項」は規定されていない。
「下位概念発明を認定できる」ではなく「上位概念発明を、引例発明として認定する」とすべきではないだろうか?
拡大先願
新規性と同じ。

先願主義
本願発明と同じ。
「請求項に係る発明」同士を比較するものであるから当然である。
進歩性
「刊行物に記載された発明」
「刊行物に記載されているに等しい事項」が記載されていない点、新規性の場合と違って、整合性が取れていないように思われる。


表2 侵害要件における発明認定基準
本願発明

内容
備考
請求範囲
基準の原則
請求範囲に記載されている発明

「審査段階では、特許発明の効力範囲まで意識して審査しておらず、また審査官にそのような権限もない。」という考え方もあるが、審査段階と同じ取扱いとすべきではないだろうか?
詳細な説明参酌の原則

請求範囲の用語の意義(単に用語の意義ともいう。)が明確でない場合には、詳細な説明等を参酌する(特許法70条2項)。

請求範囲は、保護を求める発明を文章で簡潔に表現したものであるから、一般には、請求範囲の記載のみで用語の意義が明確になることは先ず考えられい。
出願時技術水準参酌の原則
用語の意義を明確に理解するためには、出願時の技術水準(公知事実)を参酌すべきである。
出願書類を除いては、先ず第一に、出願時技術水準が参酌されることになる。
出願経過参酌の原則
用語の意義を明確に理解するためには、出願から特許になるまでの経過を通じて出願人が示した意図又は特許庁が示した見解を参酌すべきである。
請求範囲の用語の意義が明確でない場合には、出願経過が参酌される。
上記以外の場合に出願経過が参酌されるのか不明確である。
意識的除外論、意識的限定論
出願人の意識的除外事項、意識的限定事項は、技術的範囲の限定解釈に用いられる。
詳細な説明参酌の原則、出願経過参酌の原則に包含されると考えられる。
内容が不明瞭な発明等に関する基準
詳細な説明等によっても特許発明の内容が不明瞭であるときは、他の点において一致するどのような係争対象物もその特許発明の技術的範囲に属しない。
実施可能要件違反ではないが、用語の意義が不明瞭である場合、例えば,ミーンズ・プラス・ファンクション・クレーム等をどのように解するかが今後問題となろう。
無効理由を有する特許の基準
キルビー特許最高裁判決(H12.4.11)は、明白な無効理由を有する特許の権利行使は権利の濫用に当ると判示した。
特許法36条違反、あるいは一部公知等の明白でない無効理由が有る場合に、裁判所はどう判断するのであろうか?
実施例不拘束の原則
請求範囲に請求項として記載されていると否とに関係なく、発明の詳細な説明又は図面に記載された実施例(又は実施態様)のみに限定して特許発明の技術的範囲を定めてはならない。
リパーゼ最高裁判決により,請求範囲重視の考え方が鮮明になり、過去の遺物となった。

認識限度論
発明者が認識した発明の限度以上にわたって技術的範囲を定めてはならない。
今後は、原則として均等論が適用されることになり、認識限度論は後退した。
イ号発明

内容
備考
実施発明
本件発明に最も近い実施発明
本件発明の構成要件に対応する構成要件を、本件発明の構成要件と同等程度に文章で表現する。
文章と図面
侵害訴訟において、権利侵害の有無が問題となる対象物(イ号製品)は、現物そのものではなく訴訟上文章と図面で表現され特定された物件でなければならない。
おしめ事件(大阪地判昭55.1.28、大阪高判昭56.12.21)
本件発明と同様に、文章で表現すべきである。


3.3同一性判断基準
同一性判断基準(特許要件、侵害要件)について、判決(5)、審査基準(6)、学説(7)等を一部修正し,表3と表4に纏め直した。
  ボールスプライン事件最高裁判決(H10.2.24)で均等論適用基準が判示されたことから、いわゆる客観説が主流をなし主観説である認識限度論、意識的除外・意識的限定論は今後後退していくことになろう。
表3 特許要件における同一性判断基準

内容
備考
新規性
両発明の構成に相違点がない場合は、同一である。
構成要件説と同じである。
拡大先願、先願主義に規定されている「実質同一」が規定されていない.
拡大先願
両発明に構成の相違点がない場合は、同一である。
両発明に構成の相違点がある場合であっても、それが課題解決のための具体化手段における微差(周知技術、慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではないもの)である場合(実質同一)は同一とする。
構成要件説と同じである。

実質同一は均等と類似するが、同じかどうかが問題である。
先願主義
両発明に構成の相違点がない場合は同一である。
両発明に構成の相違点がある場合であっても、下記に該当する場合(実質同一)は同一である。
@周知技術、慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではないもの
A下位概念である先願発明の構成を上位概念として表現したことによる差異
B単なるカテゴリー表現上の差異である場合
構成要件説と同じである。

拡大先願の「実質同一」とやや異なる.
@実質同一は均等と類似するが、同じかどうかが問題である。
A下位概念発明と上位概念発明について、後願か先願かで取扱いが相違するのは不合理であろう。
Bカテゴリーが異なれば原則として非同一とすべきではなかろうか?
進歩性




表4 侵害要件における同一性判断基準
構成要件説
構成要件が多数ある場合において、そのうちの1つでも欠くものは、他の要件を具備するかどうかを論ずるまでもなく、技術的範囲に属しない。
全部実施は侵害,一部実施は非侵害として、多くの判決がこの基準に従っている。左記は、論理学、数学的集合論でスッキリ説明ができる。
均等論適用基準
積極的要件
@非本質的部分の置換
A置換可能性(作用効果の同一性)
B置換容易性
.消極的要件
C自由技術
D特段の事情

C自由技術の抗弁を認めれば、特許権の効力範囲等を一切考慮する必要がなくなり単純化されるが実定法上の根拠がないという問題点が有る。
D出願経過はどんな場合に考慮されるのだろうか?
作用効果に関する基準
本件発明の作用効果を具備しないイ号発明は技術的範囲に属しない。
作用効果が相違すれば、構成も相違するという基準で,非同一のみを判断するあくまでも便法であろう。逆は、必ずしも成立しないことにも留意すべきである。
進歩性に関する基準
特許発明から容易に考えられるもの(進歩性がないもの)は、その発明の技術的範囲に属しない。
進歩性と同一性とは別概念である。
利用発明に関する基準
利用発明は被利用発明の技術的範囲に属する。
左記は、論理学、数学的集合論でスッキリ説明ができる。
迂回発明、不完全利用発明
実際に適用される判例は殆どない。
迂回発明、不完全利用発明について均等論が具体的にどのように適用されるか問題である。
迂回発明に、利用発明の考え方が適用できる場合も有るのではないだろうか?


4.発明認定における問題点
4.1共通事項
(1)発明認定の考え方
リパーゼ事件最高裁判決の影響は大きく、請求範囲基準の原則を重視する考え方が鮮明に打ち出された。請求範囲記載の用語の意義(単に、用語の意義ともいう。)が明確な場合には、詳細な説明等を参酌しなくても構わないというものである。
  しかし、請求の範囲は保護を求める発明を文章で簡潔に表現したものであるから、一般には、請求範囲記載のみで用語の意義が明確になることは先ず考えられない。殆どの場合詳細な説明が参酌されよう。詳細な説明等を参酌しても用語の意義が不明確な場合、出願時技術水準、出願経過も参酌され得る。
(2)実施可能要件をクリアしているが発明内容が不明瞭の場合
実施可能要件(特許法36条)はクリアしているが、なお発明内容が不明瞭の場合(無効理由がない場合)、例えば、ミーンズ・プラス・ファンクション・クレームの特許発明XすなわちA*Bを詳細な説明等を参酌して、A*B*Cに限定解釈することが許されるだろうか?ミーンズ・プラス・ファンクション・クレームが広過ぎるというのであれば、具体的引例でもって拒絶理由、無効理由があることを示すべきであり、示すことが出来ない以上、そのまま最大のクレーム範囲A*Bを有効と認めるべきではないだろうか?あるいは,米国特許法第112条6文のように実施例と同一及びその均等なもののみに限定解釈するということ等が予めルール化されていることが必要ではないだろうか?発明内容が不明瞭だといって、徒に限定解釈することは慎重であるべきであろう。なお、プロダクト・バイ・プロセス・クレームについてもミーンズ・プラス・ファンクション・クレームの場合と同じことが言えよう。
(2)引例発明又はイ号発明の認定方法
  引例発明(イ号発明)の認定方法も、本件発明の発明認定方法と基本的には同じであろう。引例発明(イ号発明)は、刊行物(実施事実)を基準にして認定される。用語の意義が不明確の場合等には発行時(侵害時)技術水準等が参酌されよう。
  本件発明認定と相違する点は、次の点である。
  本件発明XをA*Bとし、刊行物(実施事実)にはA*B*Cの発明が認定できる場合であっても、引例発明(イ号発明)Yの認定は、A*B*Cではなく、A*Bと認定すべきであろう。引例発明(イ号発明)YをA*B*Cと認定すれば、本件発明Xとは非同一となってしまい不合理となるからである。すなわち、本件発明に最も近い発明を引例発明又はイ号発明として認定することが重要である。このことは、論理学、数学的集合論でスッキリ説明できる.
4.2特許要件
(1)特許要件間の整合性
審査基準における本件発明の認定は、比較的整合性を持って規定されている。
しかし、引例発明の発明認定基準では、「記載されているに等しい事項」から発明認定をすることになっているのに対して、本件発明については何ら規定されていない。このことに関しては以下に述べる。
(2)審査基準における「記載されているに等しい事項」
  審査基準には 新規性規定、拡大先願規定においては、引例に「記載されているに等しい事項」から引用発明を認定することが規定されている。「記載されているに等しい事項」は、技術常識(刊行物発行時技術水準)により導出する事項としているが、刊行物発行時技術水準を参酌することにより限定解釈をすることをいうものと考えられる。刊行物記載の用語が不明確な場合に、刊行物発行時技術水準を参酌して、刊行物の用語の意義を限定解釈することと同義であると考えて良いであろう。例えば、出願人が構成要件aは余りに常識的であると考えて、aを省略して、単にAとして出願した場合、出願時技術水準を参酌して、構成要件Aについてaを付加した構成要件A’に限定解釈することになろう。
(3)引用発明が下位概念の場合
  審査基準では、「引用発明が下位概念で表現されている場合は、発明を特定するための事項として、「同族的若しくは同類的事項、又は、ある共通する性質」を用いた発明を引用発明が既に示していることになるから、上位概念で表現された発明を認定できる。」と規定されている。しかしながら、「下位概念発明を認定できる」と規定するのではなく、上位概念発明を引例発明として認定する。」と規定すべきではないだろうか?何故ならば、論理学,数学的集合論では、上記のように引例発明の発明認定を行なえば同一性判断の問題に帰結するからである。
4.3侵害要件
(1)無効理由を有する場合
  無効理由を有する場合(全部公知、一部公知、あるいは特許法36条違反)、どのように取り扱われるかが問題となる。キルビー事件最高裁判決では、明らかな無効理由に該当する場合、特許発明Xを空であると判断するのではなく、権利濫用として、非侵害とするものである。しかし、いわゆる一部無効の場合(明らかな無効理由ではない場合)は、裁判所は、特許発明X(=A*B)を限定解釈して、A*B*Cに限定解釈することができるのだろうか?例えば、特許発明X=A*B=A*(B1+B2)であり、特許発明XをA*B*C=A*B1と限定解釈すれば無効理由が解消する場合において、実施発明YがA*B1の場合には侵害を構成し、実施発明YがA*B2の場合には侵害を構成しない。裁判所は、前者の侵害の場合には限定解釈しないで、後者の非侵害の場合にのみ特許発明Xを限定解釈するのではないだろうか?
  実施発明Yが自由技術に該当すれば、自由技術の抗弁を認めることにすれば、特許権の有効性及び効力範囲(効力範囲等ともいう。)を一切考慮しなくても良いことになることは言うまでもない。
  なお、特許法36条違反の無効理由が有る場合、裁判所はどのように限定するのだろうか?訂正審判を待たなければ、裁判所も無効理由がない特許発明を認定することは不可能ではないだろうか?
(2)どんな場合に出願経過が参酌されるのだろうか?
詳細な説明等を参酌しても、請求範囲記載の用語の意義がなお不明確な場合には、出願経過が参酌されよう。出願経過資料の一つである補正書は、既に請求範囲、詳細な説明の内容を構成しているので、請求範囲基準の原則、詳細な説明等参酌の原則に包含されていると考えられよう。従って、上記以外の場合に,出願経過参酌の原則が適用される場合は殆ど有り得ないように筆者には思われる。なお、補正の適法性について出願経過が参酌されるのは言わずもがなであろう。
(3)イ号発明認定について
侵害要件としては、特許発明の構成要件の全部実施であれば、特許発明の技術的範囲に属し、一部実施であれば、特許発明の技術的範囲に属さないという判決が多い。しかし、発明の同一性と技術的範囲の関係については、論理学、数学的集合論でスッキリ説明できる。
5.同一性判断における問題点
5.1共通事項
(1)特許要件と侵害要件との整合性
  均等論の適用基準が、ボールスプライン最高裁判決で示され、今後は、我国でも均等論は本格的に認められるようになろう。これを踏まえて、特許要件と侵害要件における発明の同一性についても、統一的に説明できるようにすべきであろう。しかし、特許要件の「周知技術、慣用技術の付加、削除、転用等であって、新たな効果を奏しない場合」いわゆる特許要件の実質同一(単に、実質同一ともいう。)は、侵害要件の均等(単に、均等ともいう。)との関係において、どのように解釈したら良いであろうか?実質同一と均等とは類似するが全く同じではない。
今後は、均等論の判決を反映して、実質同一をどのように考えていったら良いのであろうか?ここに、実質同一について、第1の考え方と第2の考え方の二つの考え方が有ることを示し、下表に纏めた。

表5 第1の考え方と第2の考え方の比較表

第1の考え方
第2の考え方

特許要件の実質同一と侵害要件の均等が同じ。
特許要件の実質同一が侵害要件の均等より狭い。
内容
新規な価値有る範囲を保護するというもので、理論的に整合性が取れる。
審査過誤が無ければ、均等範囲に自由技術が存在することは殆ど有り得ない。*1)
審査段階の審査基準は、均等論と切り離して運用する。
問題点
審査基準を若干改正する必要がある。
均等範囲に重複特許(8)、自由技術が存在する可能性が有る。
*1)審査時と侵害時の間に、新技術が開発され周知・慣用技術となった場合、均等範囲に自由技術が存在することが考えられる。

実質同一と均等とは、表現は相違するがそれ程差がないようにも筆者には思われる。私見では有るが、実質同一と均等とは同じであると取り扱うことが望ましいのではないだろうか?
(2)構成要件説
構成要件説は、審査段階でも侵害事件でも、広く認められている。論理学、数学的集合論に基づいて、本件発明に最も近い発明を引例発明又はイ号発明として認定されれば、両発明の構成要件を比較して相違点が無ければ同一ということになる。イ号発明の構成要件Aに対して本件発明の構成要件A’ということが相違すれば、参酌の原則と均等論の二つの解釈方法により、発明の同一性を判断することになろう。
5.2特許要件
(1)特許要件規定間の整合性
新規性の場合、発明の同一性については、「構成が相違すれば非同一」としているのみである。拡大先願では、「相違点が周知技術、慣用技術の付加、削除、転用等の場合は、同一とする」ものである。先願主義では、「下位概念の先願発明に対して、上位概念の後願発明に対しては、同一とし、その逆に、上位概念の先願発明に対して、下位概念の後願発明に対しては、非同一とする」ものであるが、発明の同一性が、発明に係る出願が先願であるか後願であるかという手続要件に左右されるのは、妥当ではないと考えられる。また、先願主義では、単なるカテゴリーの表現の相違に過ぎない場合も「実質同一」とされているが,カテゴリーの相違する発明は、原則として非同一とすべきであろう。方法の発明には時間的要素が含まれるが物の発明には時間的要素は含まれないからである。例外的に、物の製造法の発明とプロダクト・バイ・プロセス・クレームの発明の場合に同一の場合が考えられるだけであろう。
5.3侵害要件
(1)均等範囲に自由技術がある場合
  均等範囲に自由技術が有る場合、均等論の適用は認められないというものである。
  審査段階で均等範囲を判断することにすれば、理屈の上では均等範囲には自由技術は存在し得ない。審査段階で均等範囲より狭い同一範囲を判断することにすれば、均等範囲に自由技術が存在する場合が起り得る。
ボールスプライン最高裁判決では、均等範囲に自由技術が存在すれば均等論の適用を認めないというもので、特許発明Xの技術的範囲を限定解釈することに繋がり、全面的に自由技術の抗弁を認めるものではない。裁判所は、特許庁に遠慮してか、特許発明Xの技術的範囲を空と判断した判例は存在しない。技術的範囲の判断は裁判所の専権事項であるので、裁判所は、特許発明Xが自由技術であれば、特許発明Xの技術的範囲を空と判断しても良いのではないであろうか?自由技術を超越した発明であるからこそ特許されるのであり、自由技術Xである特許発明の技術範囲は空と判断しても何の不都合もないと考えられる。
(2)均等論の特段における事情について
  均等論の特段の事情は、例えば、出願経過参酌等が該当するものと考えられている。自由技術等の拒絶理由解消を解消させるために補正を行った場合、均等論が適用されないというものであるが、拒絶理由解消のために最善の補正をした場合には、均等論を適用すれば均等範囲に自由技術が存在することも有り得る。一方、最善の補正をしなかった場合には、均等範囲に、自由技術が存在しない場合も有り得る。均等範囲に自由技術が存在するか否かは、請求範囲基準の原則、詳細な説明等参酌の原則等で客観的に判断できるのである。従って、出願経過を参酌する必要はないと考えられよう。

6.発明の同一性の統一理論
  本統一理論では、論理学、数学的集合論に基づいて、特許要件と侵害要件における発明の同一性の判断基準を統一的に纏めようとするものである。
6.1発明認定基準
(1)本件発明
特許要件の場合も侵害要件の場合も、本件発明は、請求項に基づいて認定する。請求項記載事項から用語の意義が不明確の場合は、発明の詳細な説明 、それでも不明確な場合は、出願時技術水準、出願経過等を参酌して認定する。
  さらに、発明の詳細な説明 、出願時技術水準、出願経過等を参酌しても、なお用語の意義が不明確で本件発明を認定できない場合、本件発明を認定しないこととする。
(2)引例発明又はイ号発明
特許要件、侵害要件に拘わらず、本件発明に最も近い発明を引例発明又はイ号発明として認定する。論理学、数学的集合論から、上記のように引例発明又はイ号発明を認定すれば、特許要件と侵害要件は発明の同一性の判断に帰結することになるからである。ここに、イ号発明は本件発明の場合と同じく、文章で表現される必要があろう。
6.2同一性判断基準
同一性の判断は、両発明を比較して、相違する構成要件がない場合同一で、相違する構成要件が有る場合は、原則として非同一とする。ただし、均等論は、例外でなく原則として適用される。
具体的には、発明XをA*B、発明YをB*Cとすれば、発明の構成要件の相違はAとCである。AとCが一致する場合は同一で、不一致の場合は、原則として非同一である。ただし、AとCが相違しても、均等論が適用される場合には、同一となる。即ちAとCが非本質的部分であって、AとCが置換可能で、置換容易であれば均等であり、両発明は同一となる。

7.具体的な適用例
7.1先願が下位概念で後願が上位概念の場合(特許法39条)
審査基準では、先願発明Xが下位概念発明で後願発明Yが上位概念発明の場合は両発明同一であると規定されている。先願発明Xが下位概念A*B*Cであり、請求範囲に記載されている以上、後願排除範囲は、あくまでもA*B*Cであり、A*Bではない。特許後に訂正審判を請求してA*B*CをA*Bに訂正することは権利拡張に繋がり許されない。してみれば、両発明の構成の相違は、構成要件Cの有無であり、両発明は非同一と考えるべきであろう。
  論理学,数学的集合論では、発明Xと発明Yの構成が相違するか否かということであって、両発明の出願が先願であるとか後願であるとかに左右されるべきではないと考えるべきであろう。
7.2先願発明と後願発明が内在同一、一部重複の場合(特許法39条)
  実施例が共通する場合、内在同一、あるいは重複特許となるから同一であると旧審査基準には規定されていた。しかし、旧審査基準に対立する判決(昭30(行ナ)39、昭42(行ツ)29)も出て、新審査基準では、これらの規定は削除された。判決でも認められている通り、重複特許でなくとも、実施時に抵触関係を生ずることは現実に有り得る。例えば、発明X、発明Yが、X=A*B、Y=A*Cであるとしよう。発明X、発明Yは非同一である。実施例発明をA*B*Cとすれば、両発明は実施例を共通することになる。
また、先願発明Xを(X1+X2+……)、後願発明Yを(Y1+Y2+……)と択一的形式で表現されている場合、下位概念発明X1、X2……が下位概念発明Y1、Y2…… の何れかが共通すれば、発明は同一であろう。これこそが、今なお通用する一部重複の具体例であろう。(9)
7.3数値限定発明が同一の場合
(1)上位概念発明Xが「整数パラメーターが0〜10であることを特徴とする活性炭」とある場合、下位概念発明Yである「整数パラメーターが0〜2であることを特徴とする活性炭」の場合、発明Xから発明Yには訂正できるので同一であろう。
(2)請求項1記載発明Xが「実数パラメーターが0.0〜10.0であることを特徴とする活性炭」とある場合、下位概念発明Yである「実数パラメーターが0.0〜2.0であることを特徴とする活性炭」には必ずしも訂正できず非同一であろう。ただし、結局は,均等論が適用されて判例と同様の結論に至り同一と言うことになろう。
7.4下位概念発明から上位概念発明を認識できない場合
  A*B*Cである下位概念発明Xから、A*Bである上位概念発明Yを認識できることが審査基準にも規定されている。しかし、例えば、化学反応の発明の場合であって、構成要件A、B、Cのうち一つ欠けても発明課題が達成できないと認識されていた場合には、上位概念発明Yである発明A*Bを認識することができないと考えられる。
7.5不完全利用発明、迂回発明について
先ず、不完全利用発明(特許発明Xの構成がA*B*Cとし、イ号発明YをA*B)、迂回発明(特許発明Xの構成がA*Bとし、イ号発明YをA*B*C)のいずれの場合も、構成の相違点は構成Cと構成0(空集合)となる。構成Cと構成0(空集合)の相互置換の問題と捉えることができよう。してみれば、不完全利用発明、迂回発明の問題点とも、構成Cを削除した発明と削除しない発明に、均等論が適用されれば同一、適用されなければ非同一となる。
ただし、迂回発明については、特許発明X(=A*B)に対して、イ号発明YすなわちA*B*Cに対して、均等論が適用されなくても、イ号発明Yの実施は、イ号発明を、A*Bと認定することができれば、両発明は同一で侵害ということが有り得るのではなかろうか?
何故ならば、特許発明Xとイ号発明Yとの間に利用関係が成立する場合が有り得るからである。
8.結論
審査基準、判決等の特許要件と侵害要件の判断基準の整合性を図るべく、発明の同一性を通じて、特許要件と侵害要件をスッキリと説明できるように纏めることができた。例えば、下位概念発明と上位概念発明の問題、内在同一、一部重複の問題、同一性と技術的範囲の関係、内包と外延の問題等々について統一的に説明をすることができた。さらに、迂回発明についても、論理学,数学的集合論により新たな展開を図り得る可能性をも示した。
9.おわりに
発明の同一性は、特許法上最も基本的な問題であるが、論理学,数学的集合論により、全体を鳥瞰することができたと思う。後は読者諸氏のご批判、ご意見を戴ければ幸甚と存じます。最後に、色々とお世話になりました関係各位に深く感謝の念を表します。

注記
(1) 統一理論とは、磁力、弱い力、強い力、重力を統一的に説明しようとするものである。
(2) “SIMPLE IS BEST”。法律規定についても、分かり易くて簡単な規定でかつ法目的を達成していくことが一番望ましい。
(3) 択一形式の代表例であるマーカッシュ形式は、下記のように表現される。
X={(A1+……+An)+(A1*A2+……+An−1*An)+(A1*……*An)}*B*C
  即ち、X=X1+X2+……+Xnとも表現される。
(4) 内包と外延の関係が分かれば、「多記載狭範囲の原則」も理解容易となる。
(5) 判決例と統一理論との関係について、以下説明する。
・ボールスプライン事件(最判H10.2.24、平6(オ)1083)との関係
侵害要件も登録要件(新規性等)も共に発明の同一性を判断するものであり、登録要件にも均等論が適用されるべきであると考えて本論を展開した。均等範囲に自由技術が存在する場合、均等論は適用されなず、言い換えれば特許発明Xの技術的範囲を限定解釈することを明示したものである。
・キルビー事件(最判H12.4.11、民集54-4-1368)との関係
明白な無効理由を有する特許の場合、特許発明Xの技術的範囲を空と判断しないで、権利濫用であるとして、非侵害としたものである。今でも、一部無効の場合、実施発明Yを含まないように特許発明Xの技術的範囲を限定解釈して、非侵害とすることは判例、学説とも認めている。
・リパーゼ事件(最判H3・3・8、民集45-3-123)との関係
審査の場合において、請求範囲優先の原則を明確化したものでであり、侵害の場合においても、適用されるものと考えて統一論に纏めた。
・おしめ事件(大阪高判S56・12・17、無体集13-2-925)との関係
イ号発明の認定を現物ではなく、文章(図面)で書かれたもので判断されるとする判決は、審査の場合の実施発明の認定には適用されよう。
(6) 特許実用新案 審査基準 特許庁発表 平成12年12月28日 (新審査基準、あるいは単に、審査基準ともいう。)
(7) 吉藤幸朔著、熊谷健一補訂「特許法概説(第12版)」有斐閣発行, p.490〜p.542
(8) 相抵触する重複特許の権利調整については、下記論説を参照のこと。
佐藤富徳著「先願特許発明と後願特許発明との利用抵触関係について−先願特許権者は後願特許発明を自由に実施できるか?−」パテント1999 Vol.52 No.5 p.28
(9) 上位概念発明Xが、「何何を特徴とする請求項1〜請求項10記載の活性炭」で、下位概念発明Yが「何何を特徴とする請求項1記載の活性炭」の場合である。 
以上

弁理士・行政書士 佐藤富徳

 

 

 

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